「その手は桑名の焼きはまぐり」とは、うまいことを言ってもだまされない、その手は食わないことを言うしゃれです。この言葉は、「食わない」と三重県の「桑名」とを掛けた言葉で、焼き蛤は桑名の名物で、殻付きの蛤を枯れた松葉や松笠を燃やしながら焼いたものです。江戸時代には、すでに使われていた洒落言葉です。このフレーズは、桑名がハマグリで有名であることを示しています。ハマグリは揖斐川、木曽川、長良川の栄養を豊富に蓄えたぷっくり太ったハマグリがたくさん獲れるのです。
私は、約30年前に桑名に引っ越してました。それまでは桑名のことは全然知りませんでした。唯一知っていたのはこの「その手は桑名の焼きはまぐり」という言葉でした。
仕事の転勤で桑名に来たのですが、引っ越し先にアパートを探しに桑名に来た時に、きっと桑名の駅前にははまぐり屋がたくさん並んでいるのだろうと想像してきたのですが、全くありませんでした。ちょっとイメージが変わってしまった、そんな経験がありました。
桑名のはまぐりは絶滅の危機?
桑名のはまぐりは、今では全国的に有名な特産品です。しかし、はまぐりが生息する干潟の減少や環境の悪化などによより、昭和50年頃から漁獲量が急に減少し、一時は絶滅の危機さえも叫ばれていました。
現在、桑名産のはまぐりの復活に向けて、厳格なる漁獲量制限、種苗生産施設の整備、人工干潟の造成など漁協、県、市が一体となって様々な取り組みが行われています。これらの取り組みのおかげで、漁獲量が回復しつつあります。この漁獲量の回復については「赤須賀の奇跡」とも呼ばれいます。今後もより一層の対策が必要だと考えられます。
参考:桑名市HP
映画「長良川ド根性」
桑名のハマグリ・シジミを守るための赤須賀漁港の漁師さんたちの長良川堰建設とのかかわりを描いた映画があります。それが「長良川ド根性」です。
【内容】
鵜飼で知られる清流、長良川。その河口に、巨大なキノコのような建造物が林立している。『長良川河口堰』。川と海を隔てる全長661メートルの堰。
東海テレビHP
その建設を巡って、推進派と反対派が激しく対立したが、国策は、一度、走り出したら止まらない。河口堰は1500億円を投入して建設され、本格運用されて、すでに16年が過ぎた。海と川を遮断する堰の目的は、初めは、利水=産業の集積地である名古屋圏への水の安定供給のためだったが、すぐに治水=長良川上流部の洪水対策へと変わり、川底を浚渫することで海水が遡上して、下流・中流部まで塩害が及ぶことを防止するためなど必要性が変転した。建設を推進したのは、国土交通省=水資源機構を始め、愛知・岐阜・三重・名古屋市などで、川漁師を中心とする漁業協同組合と自然保護団体は激しく反対した。しかし、河口堰ができて16年、建設を推進した愛知県と名古屋市が、開門して調査すべきだと堰の不要論を唱え始めた。
「その手は、桑名の焼き蛤…」
この番組の主人公は、雄大な長良川と桑名の漁師たちである。長良川河口部の三重県桑名市の赤須賀漁協。はまぐりとシジミの漁で、生計を立てている漁師たちは、最後まで、河口堰の建設に反対したが、「漁師のエゴ」とまで批判され、孤立し、最後は堰の建設に同意させられた。その組合長、秋田清音(70)さんは、この16年、どうあれ、河口で生きていける道を漁師の意地で模索してきた。いまでは、はまぐりの漁獲量も安定し、若い漁師のなり手も出てきている。開門検討の公聴会で、秋田組合長は、こう発言した。
「私は河口堰の是非について語ろうと思いません。先人達が裁判の中、色んな折衝の中で語りつくしてきました。私たちこれまで深い挫折感の中で、岐阜県の水害防止、愛知県の水利用など、公益に役だっている事を心の慰めにしてきました。今回そうではないという結論が出るようなら、是非とも生きとし生けるものの揺りかごだった長良川で浚渫された2千数百ルーベの砂を川に戻して下さい。公益とは何ぞや、私たちにヒアリングをされるのなら、建設を推進された愛知県、名古屋市の方々にまず聞かれるのが筋ではないでしょうか。」
自然は、確かに大事である。そして河口堰も一定の役割を果たしたのかもしれない。しかし、河口の漁師のその後に目を向けることはなかった。