1. 導入:墨の香りに導かれ、浅草の「宝研堂」へ
東京都台東区浅草。観光客の喧騒から少し離れた場所に、書道愛好家たちが「聖地」と仰ぐ一軒の専門店があります。大正末期創業の書道用具専門店「宝研堂」。2026年3月4日放送の『冨永愛の伝統to未来』では、日本を代表するトップモデル・冨永愛さんがこの暖簾をくぐり、漆黒の芸術品「硯(すずり)」の深淵へと足を踏み入れました。
そこで彼女を待っていたのは、日本で唯一「製硯師(せいけんし)」を名乗る四代目・青柳貴史さん。硯といえば、多くの人にとっては小学校の習字の時間を思い出す「黒い石の箱」かもしれません。しかし、青柳さんが手掛ける硯は、それとは一線を画します。それは一億年という歳月をかけて地球が育んだ石の記憶を、人間の知性と技術で掘り起こした「生きた道具」なのです。
「伝統は守るものではなく、常に更新し続けるもの」。そう語る青柳さんの手から生み出される硯が、なぜ現代の表現者たちを、そして歴史の修復という壮大なミッションを惹きつけるのか。冨永愛さんの鋭い感性が、その謎を解き明かしていきます。
2. 放送情報と番組概要:25分間に凝縮された「石と対話する」記録
本放送は、2026年3月4日(水) 22:00〜22:25にBS日テレにて放送されました。わずか25分という放映時間の中に、浅草の工房で響く石を削る音、墨が磨(す)られる静寂、そして歴史的偉人の硯を再現するドラマチックな展開が濃縮されています。
番組のナビゲーターを務める冨永愛さんは、自らも「道」を究める表現者として、職人の手元に宿る「美意識」を丁寧にすくい上げます。単なる工芸品の紹介に留まらず、その道具が「未来に何をもたらすか」を問い直す構成は、まさにタイトルの『伝統to未来』そのもの。
今回は、青柳さんが手掛けてきた紫式部や夏目漱石の硯の修復エピソードに加え、最大のハイライトとして、弘法大師・空海が愛用したとされる硯の再現プロジェクトの舞台裏が特別に公開されました。
3. 「製硯師」青柳貴史の哲学:硬い石に「命」を彫り込む
青柳貴史さんが名乗る「製硯師」という言葉には、強い覚悟が込められています。かつて日本には多くの硯職人がいましたが、現在、石の選定から彫り、仕上げ、さらには古美術品の修復までを一人で完結できる職人は、青柳さんを置いて他にいません。
硯作りは、想像を絶するほど過酷な肉体労働です。数億年前の堆積岩を相手に、硬いノミを打ち込み、コンマ数ミリの精度で「墨を磨る面(鋒鋩:ほうぼう)」を整えていきます。しかし、青柳さんは言います。「私が削るのではなく、石がなりたい形に導いてくれる」と。
石の模様、硬さ、水分量。それらを見極め、石の最も美しい状態を引き出す「匠の眼」。それは、石という無機質な物質を、表現者のパートナーへと昇華させる「命の吹き込み」です。一億年の時間を、現代の表現者の指先に繋ぐ。その圧倒的なスケール感に、冨永愛さんも思わず息を呑みます。
4. 歴史の修復と再現:紫式部、夏目漱石、そして空海へ
青柳さんの仕事のもう一つの側面は、「歴史の復元」です。彼は、紫式部や夏目漱石といった文豪や歴史上の人物が実際に使っていた硯を修復し、あるいはそのレプリカを制作してきました。
「硯を見れば、その人がどんな風に筆を運び、どんな思想を紡ごうとしていたかがわかる」と青柳さんは語ります。例えば、夏目漱石が愛用した硯の磨り減り具合からは、彼の執筆活動における並外れた集中力と熱量が伝わってくると言います。
そして今回、番組で特別公開されたのが、平安時代の巨星・空海の硯の再現です。「三筆」の一人として名高い空海が、どのような硯で、どのような墨を磨り、あの力強い文字を生み出したのか。伝説の道具を現代に蘇らせることは、日本の書文化の源流を再発見することでもあります。青柳さんが石に向き合う姿は、時空を超えて空海と対話しているかのようでした。
5. 冨永愛、書を嗜む。一流の硯がもたらす「静寂」の時間
番組内では、冨永愛さんが実際に青柳さんの作った硯を使って「書」に挑戦する一幕もありました。
墨を磨るという行為。それは単に黒い液体を作る作業ではありません。石と墨が擦れ合う「カチ、カチ」という微かな音。徐々に立ち昇ってくる、墨特有の深く清涼な香り。硯の上で墨が滑らかに溶けていく手応え。冨永さんは、「墨を磨っていると、自然と呼吸が整い、心が凪いでいくのがわかる」と語ります。
実際に筆を運ぶと、一流の硯で磨られた墨は、紙の上で驚くほど美しい階調を見せます。デジタルの世界では決して再現できない、奥行きのある黒。冨永さんが書いた文字には、彼女のモデルとしての凛とした強さと、匠の道具から受け取った「静寂」が宿っていました。アナログの極致にある道具が、現代人の心をいかに豊かにするかを証明するシーンです。
6. 未来への種まき:子どもたちへ繋ぐ「書文化」のバトン
青柳さんの情熱は、工房の中だけに留まりません。番組は、彼が子どもたちに向けて行っている書道教育の現場にも密着しました。
キーボードや画面上での入力が主流となった現代において、子どもたちにとって硯は未知の道具です。しかし、青柳さんが「この石は地球が1億年かけて作ったんだよ」と語りかけ、実際に石を触らせると、子どもたちの目は輝き始めます。
自分の手で墨を磨り、ゆっくりと文字を書く。その「手間の豊かさ」を知ることは、効率性だけを求める現代社会において、最も大切な教育の一つかもしれません。伝統工芸が「未来」へ残るためには、それを「高価な骨董品」として崇めるのではなく、「今の自分たちの表現を支える道具」として、次の世代に手渡していく必要があります。青柳さんの活動は、まさにそのための種まきなのです。
7. SNSの反響と視聴者の期待:伝統×美学が生む感動
放送中、SNSでは「冨永愛さんと硯の世界観がマッチしすぎていて、映画のよう」「青柳さんの仕事を見ていると、背筋が伸びる思い」といった、美意識の高さに感動する声が溢れました。
特に書道愛好家や若手クリエイターからは、「道具一つで、書くことへの向き合い方が変わるという話が深く刺さった」「空海の硯再現、完成したものをぜひ生で見たい」といった熱烈なコメントが。
25分という短い尺ながら、そこには「日本人が忘れかけていた美学」がぎっしりと詰まっていました。番組を通して、硯を単なる「習字の道具」から「自分を表現するための相棒」として捉え直した視聴者が多かったようです。冨永愛さんの気品ある所作と、青柳さんの無骨で実直な手のコントラストは、まさに伝統と未来が融合した瞬間でした。
8. まとめと展望:石は未来を語るか
『冨永愛の伝統to未来 日本唯一の製硯師編』。それは、石という最も古い素材を通して、最も新しい表現の可能性を提示した放送でした。
空海の硯を再現するという挑戦は、過去の模倣ではありません。かつての天才が何を考え、どう生きたかを道具を通して再解釈し、それを未来の日本文化の血肉に変える作業です。冨永愛さんが番組の最後に語った「伝統は、今の私たちの手の中にしかない」という言葉は、視聴者一人ひとりの心に重く響きました。
放送を観た後、あなたのデスクにあるペンや、日々使っている道具たちをもう一度眺めてみてください。そこにはどんな「知性」が宿っているでしょうか。青柳貴史さんが削り出した漆黒の硯は、私たちに教えてくれます。手間をかけ、心を通わせる道具こそが、未来を切り拓く力になるということを。
