1. 導入:1985年1月26日、日本が震えた「あの日」の記憶
1985年1月26日、大阪府吹田市のマンションの地下駐車場。一発の銃声が、日本の裏社会だけでなく、一般市民の平穏をも打ち破りました。射殺されたのは、日本最大の指定暴力団・山口組の四代目組長、竹中正久。この衝撃的な暗殺事件が引き金となり、山口組と、そこから分裂した一和会(いちわかい)による、史上類を見ない血で血を洗う戦い「山一抗争」は、もはや後戻りできない泥沼へと突き進んでいきました。
今回の『アナザーストーリーズ』が描くのは、単なる暴力の歴史ではありません。なぜ、かつては「身内」として盃を交わした者たちが、これほどまでに凄惨な殺し合いに至ったのか。番組が独自に入手した警察の極秘資料や、竹中組長の殺害計画書、そして沈黙を守ってきた当事者たちの証言は、私たちが知る由もなかった「男たちの素顔と後悔」を浮き彫りにします。
抗争の渦中にいた元組員、特ダネを追った記者、そして組織を法的に支えた顧問弁護士。それぞれの視点から語られる「山一抗争」の真実は、戦後日本が抱えていた「闇」の正体を、私たちに突きつけてきます。
2. 放送情報と番組概要:45分間に凝縮された「時代の転換点」
本作は、2026年3月4日(水) 21:00〜21:45、NHK BSにて放送されました。ドキュメンタリー番組『アナザーストーリーズ』は、一つの大きな事件を多角的な視点から再構築する手法で定評がありますが、今回の「山一抗争編」はその真骨頂とも言える内容です。
番組の核心は、これまで表に出ることのなかった**「警察の極秘資料」**です。そこには、竹中組長の動静を執拗に追う一和会側の殺害計画のプロセスが冷徹な筆致で記されていました。また、45分という放送時間の中に、当時の緊迫した報道映像と、現代における当事者たちのインタビューを巧みに織り交ぜることで、40年近い歳月を経たからこそ語れる「冷めた真実」を映し出しています。
暴力団対策法(暴対法)施行前の、いわば「ヤクザがヤクザであった時代」の終わりの始まり。その決定的な瞬間を、NHKならではの緻密な取材力で描き出します。
3. 歴史と背景:なぜ「山口組」は二つに割れたのか
山一抗争を理解するためには、山口組三代目・田岡一雄というカリスマの死(1981年)にまで遡る必要があります。絶対的な指導者を失った山口組内で、次期トップを巡る激しい権力闘争が勃発しました。
三代目の遺志を継ぐ武闘派・竹中正久を支持する勢力と、組織の合理化を図る古参幹部・山本広を支持する勢力。結果として四代目の座に就いたのは竹中氏でしたが、これに納得しない山本氏らが約6,000人の組員を引き連れて離脱し、結成したのが「一和会」でした。
当初、一和会は山口組を数で凌駕していましたが、竹中四代目による切り崩し工作により、勢力図は一気に逆転。焦燥に駆られた一和会側が放ったのが、あのマンション地下駐車場での凶弾でした。この瞬間、それまでの「数」の論理は崩壊し、日本全土を舞台にした無差別とも言える狙撃と報復の連鎖が始まったのです。
4. 証言分析:夕刊紙記者と顧問弁護士が見た「ヤクザの素顔」
今回の番組が特にユニークなのは、当事者である組員だけでなく、その周辺にいた「観察者」たちの証言を重視している点です。
- 夕刊紙記者の視点: 当時、大阪の夕刊紙は凄惨な事件を「エンターテインメント」のように報じる側面もありました。記者が語る、特ダネを巡る警察官との密接な関係や、抗争の最中に組員から掛けられた言葉。そこには、暴力の恐怖と、それを商売にするメディアの奇妙な共生関係がありました。
- 元顧問弁護士の視点: 山口組という巨大組織を法的に守護した男。彼は、竹中組長という人物がいかに「愚直なまでの極道」であったかを語ります。法律の番人でありながら、ヤクザという存在の「美学」と「非道」を最も近くで見ていた者の言葉は、正義と悪の境界線を曖昧にさせます。
これらの証言から浮かび上がるのは、私たちが映画や小説で見るステレオタイプなヤクザ像ではなく、組織の歯車として、あるいは個人的な恩義のために、暴力という手段を選ばざるを得なかった「生身の人間」の姿です。
5. 【神回解説】極秘資料が明かす「暗殺計画」の精密な罠
番組のクライマックスは、独自入手した**「竹中組長殺害計画書」**の分析です。そこには、ターゲットの日常生活の徹底的な観察結果が、まるで軍事作戦のように詳細に記されていました。
「いつ、どこで、誰が、どの銃で撃つか」。感情的な衝突の裏側で、これほどまでに冷徹で論理的な「殺人の設計図」が引かれていた事実に、視聴者は戦慄を覚えるはずです。特に、事件現場となった吹田市のマンションの部屋を一和会側が密かに借り上げ、何ヶ月も監視を続けていたという事実は、抗争の執念深さを象徴しています。
また、実行犯の一人が語る「後悔」の念も見逃せません。組長の命を取ったことが、結果として自らの組織を滅ぼし、自らの人生をも永劫に呪うことになった皮肉。歴史の波に飲み込まれた個人の無力さが、極秘資料の余白から滲み出しています。
6. SNSの反響予測:令和の時代に「昭和の暴力」を観る意味
放送中、SNSでは「#アナザーストーリーズ」のタグと共に、当時の記憶を持つ世代からの回顧と、若い世代からの驚愕の声が入り混じるでしょう。
- 「自分が子供の頃、ニュースで毎日銃声を聞いていた。あの空気感を思い出す」
- 「警察の極秘資料がこれほどまでに生々しいとは思わなかった」
- 「今のコンプライアンス社会からは想像もできない狂気の時代」
といった投稿が予想されます。特に、暴対法施行後の「見えない暴力」が問題視される現代において、かつての剥き出しの暴力が社会にどのような影響を与え、そしてどのようにして「排除」されていったのかという過程に、多くの視聴者が知的な興味を抱くはずです。
7. マニアが注目する演出の妙:NHKが描く「闇」のグラデーション
『アナザーストーリーズ』の演出には、常に一種の「品格」と「冷徹さ」が同居しています。
暴力シーンを扇情的に描くのではなく、あえて「警察の調書」や「静止画」を多用することで、視聴者の想像力を刺激する手法。また、当時の夕刊紙の紙面をスクロールさせることで、当時の社会がこの抗争をどのように消費していたかを視覚的に提示しています。
さらに、BGMの使い方にも注目です。緊迫したシーンでの不協和音と、元組員が後悔を語るシーンでの静謐なピアノ。このコントラストが、視聴者を「かつての当事者の心象風景」へと誘います。マニアならば、番組内で使用される資料の「本物感」と、インタビュー相手のキャスティングの妙に唸らされることでしょう。
8. まとめ:史上最大の抗争が残したもの。私たちは何を学ぶべきか
『アナザーストーリーズ 山口組対一和会〜史上最大の抗争〜』。この45分間は、単なる犯罪史の再現ではありません。それは、人間が「帰属意識」や「正義」の名の下に、いかに容易く残虐になれるか、そしてその果てに何が残るのかを問い直す物語です。
山一抗争の終結とともに、暴力団は社会から完全に「異物」として排除されるフェーズに入りました。しかし、その根底にあった権力への執着や、義理人情という名の呪縛は、形を変えて現代社会のどこかに潜んでいるかもしれません。
元組員の後悔の言葉、記者の冷めた分析、弁護士の複雑な表情。それらすべてを繋ぎ合わせたとき、私たちは「暴力の終焉」の向こう側に、今を生きる私たちの社会の脆さを見出すことになるのです。この放送を機に、昭和という時代の光と影を、もう一度見つめ直してみませんか。
