1. 導入:境界を越える「対話」の軌跡
2025年3月1日、日曜の朝。NHK Eテレの画面に映し出されたのは、あまりにも近く、それでいて私たちが知っているようで知らなかった「おとなりさん」の真実の姿でした。横浜美術館で開催されている「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」。この展覧会の特別編として放送された15分間は、単なる美術紹介の枠を超えた、魂の記録といえるものでした。
1945年、終戦。それは日本と朝鮮半島にとって、全く異なる意味を持つ歴史の転換点でした。しかし、そこから始まった80年という月日は、政治的な対立や国交の断絶、あるいは急速な発展といった激動の連続であり、その荒波の中で、芸術家たちは常に「対話」を求めてきました。本番組は、その知られざる交流の歴史を、美しい映像と共に紐解いていきます。
「いつもとなりにいるから」というフレーズには、物理的な近接性だけでなく、互いの存在が鏡のように自己を映し出すという、切実な関係性が込められています。教科書に載っている年表の裏側で、画家たちは何を思い、彫刻家たちは何に抗ったのか。この15分間は、私たちの心に深く刺さる「もう一つの日韓史」への入り口なのです。
2. 放送情報と視聴ガイド
本番組『日曜美術館 アートシーン特別編「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」』は、2025年3月1日(日)の午前9時45分から10時まで、NHK Eテレにて放送されました。通常の日曜美術館が45分間の深い議論を行うのに対し、この「アートシーン特別編」は、現在開催中の展覧会をよりダイレクトに、かつ視覚的な情報に特化して伝える構成になっています。
わずか15分という放送時間ですが、その密度は凄まじいものがあります。横浜美術館(2024年12月6日〜2025年3月22日)という広大な舞台を使い、戦後80年分のアートを凝縮して紹介するため、一瞬たりとも目が離せません。録画をしている方は、ぜひコマ送りで作品のディテールを確認していただきたい。特に、番組後半で紹介される現代アーティストのインスタレーションは、映像美としても一級品です。
横浜美術館へのアクセスは、みなとみらい線「みなとみらい駅」から徒歩3分と非常に良好ですが、本番組を観てから現地へ向かうのと、何も知らずに行くのとでは、受け取れる情報の解像度が全く異なります。番組で紹介されたリ・ウファンや富山妙子の作品が、実際の展示室でどのような空気感を纏っているのか。その「予習」として、これ以上ないガイドブックとなっています。
3. 展示の背景:1945年から現在まで、途切れることのなかった筆致
この展覧会、そして番組が描こうとしているのは、1945年の解放(終戦)から現在に至るまでの、壮絶な「表現の戦い」です。驚くべき事実は、1965年の日韓基本条約締結まで、両国の間には正式な国交が存在しなかった「空白の20年」があったということです。しかし、その政治的な暗闇の中でも、アートの火は絶えることがありませんでした。
日本に残った在日コリアンの芸術家たちは、自身のアイデンティティと向き合いながら、独自の造形言語を編み出していきました。彼らにとって描くことは、自らの存在証明そのものでした。一方で、韓国国内でも、軍事政権下の弾圧を潜り抜け、民主化を求める熱いパッションが、木版画や壁画といった形で結実していきます。
この80年間、両国のアートシーンは互いに影響を与え、時には反発し、時には深く共鳴してきました。番組では、その相互作用の瞬間を丁寧に拾い上げています。政治が壁を築こうとするとき、アートはその壁に風穴を開け、向こう側の「人間」を見つめ続けてきたのです。この「途切れない対話」こそが、本展覧会の真の主役であると言えるでしょう。
4. 主要な表現者たちの詳細分析:越境するアイデンティティ
番組で最も深く掘り下げられたのは、境界を越えて活動した3つの象徴的な存在です。
まずは、世界的な巨匠として知られるリ・ウファン(李禹煥)。彼は日本に渡り、1960年代後半から「もの派」の旗手として、世界の美術史にその名を刻みました。キャンバスに点を打つ、石と鉄板を置く。その最小限の行為が、日韓という二つの文化を背景に持つ彼から生み出されたという事実は、現代美術における究極の「対話」を象徴しています。
次に、富山妙子。彼女は日本の画家でありながら、韓国の光州事件や民主化運動に深く連帯し、その苦難を作品にし続けました。彼女の作品は、国籍を超えた「良心」の叫びであり、表現者がいかにして他者の痛みを分かち合えるかを示しています。
そして、在日コリアンの芸術家たち。彼らは日本という社会の中でマジョリティに抗い、あるいは同化の圧力に晒されながらも、独自の色彩と形態を追求しました。番組では、彼らの作品が持つ「重み」が、単なる技法を超えた人生の重みであることを浮き彫りにしています。これらのアーティストたちが、いかにして「おとなりさん」という関係を深めてきたか、その役割は計り知れません。
5. 心を揺さぶる「神回」級のハイライト・作品紹介
15分という短さでありながら、視聴者の記憶に刻まれる「神シーン」がいくつか存在しました。
第一のハイライトは、リ・ウファンの初期作品と最新作の対比です。映像が捉える、緊張感あふれる石の配置。それが置かれた瞬間の静寂が、テレビのスピーカー越しに伝わってくるような演出でした。彼が語る「出会い」という哲学が、日韓の歴史的文脈と重なり合った瞬間、作品の見え方が一変します。
第二は、富山妙子の版画シリーズ。1980年代、韓国の民主化のために立ち上がった人々の怒りと悲しみが、力強い黒のラインで描かれています。番組では、彼女の制作現場の資料も交え、なぜ彼女が「韓国のために」描き続けたのかという、その執念に近い情熱を映し出しました。
第三は、現代の若手アーティストによる映像作品。SNS世代の彼らが、過去の重苦しい歴史をどのように受け止め、軽やかに、かつ鋭く再構築しているか。そのポップでありながら批評的な視点は、未来への希望を感じさせるものでした。歴史のバトンがどのように渡されているのかを可視化した、見事な編集でした。
6. SNSの反響と視聴者の深層心理
放送直後から、SNS(特にX)では「#日曜美術館」のハッシュタグが熱を帯びました。「15分では足りない!」「横浜美術館に今すぐ行きたい」といった称賛の声が多く聞かれたのは、それだけ内容が濃密だった証拠です。
特筆すべきは、「日韓関係という難しいテーマを、アートというフィルターを通すことで、初めて客観的に見ることができた」という意見です。政治的なニュースでは感情的になりがちなテーマも、一枚の絵画、一つの彫刻を介することで、相手の国の歴史や痛みに「共感」することが可能になる。視聴者の多くが、その新鮮な体験に驚きを隠せなかったようです。
また、一部のコアなファンからは「番組で紹介されなかった〇〇の作品も展示されているはず」といった、展示全体への期待を込めた投稿も目立ちました。批判的な意見よりも、むしろ「もっと知りたい」「なぜ今まで知らなかったのか」という、知識への渇望がSNSを支配していたのが印象的です。この番組は、視聴者の心に眠っていた「文化的な隣人愛」を呼び起こしたのかもしれません。
7. マニアが教える「演出の妙」と伏線の読み解き
美術番組マニアとして注目したいのは、その徹底した「寄り」のカメラワークです。作品の全体像を見せるだけでなく、絵の具の亀裂、紙の繊維、石の肌理(きめ)を執拗なまでに捉えることで、作家がその瞬間に込めた「手の跡」を蘇らせています。
ナレーションのトーンも絶妙でした。感情を煽りすぎず、かといって冷徹でもない。まるで美術館の廊下を一緒に歩きながら、耳元で囁いてくれるような親密な響きです。この語り口が、戦後80年という重いテーマを、私たちの個人的な体験へと引き寄せてくれます。
さらに、劇中で使われたアンビエントな音楽は、日韓の伝統的な音色をサンプリングしているようにも聞こえました。古臭い「伝統」ではなく、現代的に再解釈された響きが、展示されている作品群の「新しさ」を強調しています。番組の冒頭に提示された「いつもとなりにいるから」という言葉が、最後に再び繰り返されるとき、その意味が「宿命」から「選択」へと変化していることに気づくはずです。
8. まとめと今後の期待:アートが繋ぐ新しい未来
横浜美術館で開催中の「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」。この展覧会を特集した『日曜美術館 アートシーン特別編』は、単なる美術情報の提供に留まらず、私たちの歴史認識をアップデートし、隣国との向き合い方を問い直す、極めて重要な放送でした。
80年という歳月は、決して平坦ではありませんでした。しかし、その間に積み上げられた表現の数々は、国境という概念が、いかに脆く、そしてアートがそれをいかに容易く飛び越えていけるかを証明しています。リ・ウファンが石を置き、富山妙子が筆を走らせたその行為一つ一つが、今日私たちが享受している文化交流の礎となっているのです。
この番組をきっかけに美術館を訪れる人々が、作品の前に立ち、そこに込められた沈黙の声を聞くこと。それが、この企画の最大の成功と言えるでしょう。3月22日の閉幕まで、横浜美術館は熱い視線に包まれるはずです。そして、この放送が示した「対話の可能性」は、2025年以降の新しい日韓関係を築くための、確かな道標となるに違いありません。
