大晦日の深夜、冷たく澄んだ空気の中に響き渡る「ゴーン」というあの音。
日本人にとって馴染み深い**「除夜の鐘」**ですが、実はその一打一打には、驚くほど深い意味と歴史が込められています。
今日は、読めば誰かに教えたくなる「除夜の鐘の正体」を、初心者の方にも分かりやすく解説します!
1. なぜ大晦日に鐘を鳴らすの?
「除夜(じょや)」の「除」という字には、**「古いものを捨て、新しいものに移る」**という意味があります。
仏教において、鐘の音は「仏様の声」そのもの。その響きには、私たちの心を惑わす「迷い」を断ち切り、魂を清める力があるとされています。
また、鐘を打つタイミングにも、古来の粋な知恵が隠されています。
- 107回は「旧年」のうちに: 去年までの悩みや汚れをすべて吐き出す。
- 最後の一回は「新年」に: 清らかな心で新しい年を踏み出す。
この「余韻の中で年を越す」という感覚こそ、日本人が大切にしてきた「心のデトックス」なのです。
2. なぜ「108回」? 意外と知らない3つの説
中途半端に思える「108」という数字。これには東洋の英知が詰まった、数学的ともいえる3つの由来があります。
① 人間の迷い「煩悩(ぼんのう)」の数
これが最も有名な説です。人間の感覚器官や心の状態を掛け合わせると、不思議なことに108になります。
魂を縛る108の鎖――「煩悩の計算式」を解剖する
私たちが日々感じる「イライラ」や「悩み」。仏教ではそれらを、私たちの心(根)が外部の世界に触れた瞬間に生まれる反応の積み重ねだと考えます。
1. 【六根(ろっこん)】―― 世界への6つの窓口
まず、人間が情報を仕入れる「センサー」は6つあります。
- 眼(げん): 視覚
- 耳(に): 聴覚
- 鼻(び): 嗅覚
- 舌(ぜつ): 味覚
- 身(しん): 触覚
- 意(い): 意識(心で考えること)
この6つの窓口から、あらゆる情報が入ってきます。
2. 【三状(さんじょう)】―― 最初の心の反応
窓口から情報が入った瞬間、私たちの心は無意識に3つのレッテルを貼ります。
- 好(こう): 気持ちいい、好き、手に入れたい
- 悪(あく): 不快だ、嫌いだ、遠ざけたい
- 平(へい): どちらでもない、どうでもいい
ここで 6 × 3 = 18 通りの感情の種が生まれます。
3. 【二類(にるい)】―― 執着の深さ
次に、その感情がどのような性質を帯びるかが分かれます。
- 染(ぜん): その感情に執着し、心が汚れてしまう状態(もっと欲しい!という渇望など)
- 浄(じょう): 感情はあっても、それに縛られず清らかでいられる状態
この「染」と「浄」の2方向が加わり、 18 × 2 = 36 通りになります。
4. 【三世(さんぜ)】―― 時間の広がり
最後に、この36通りの心の動きが、時間軸に展開されます。
- 過去: あんなことがあった(後悔、執着)
- 現在: 今こうしたい(欲望、焦り)
- 未来: こうなったらどうしよう(不安、期待)
私たちは今この瞬間だけでなく、過去の記憶や未来の予測によっても迷いを生み出します。
したがって、 36 ×3 = 108となるのです。
なぜこの計算が必要だったのか
| 項目 | 内容 | 数 |
| 感覚(六根) | 眼・耳・鼻・舌・身・意 | 6 |
| 反応(三状) | 好き・嫌い・どちらでもない | 3 |
| 執着(二類) | 執着する・執着しない | 2 |
| 時間(三世) | 過去・現在・未来 | 3 |
| 合計 | 6 ×3 ×2 ×3 | 108 |
この計算式が教えてくれるのは、**「私たちの悩みは、外の世界にあるのではなく、自分のセンサー(六根)が反応した後の『心の加工プロセス』にある」**ということです。
鐘の音を聴きながらこの数字を数えるとき、私たちは「ああ、今の自分は『耳』から入った音に対して『過去』の『不快』に『執着(染)』していたな」と、自分を客観的に見つめ直すことができるのです。
② 苦しみを取り払う「四苦八苦」説
「四苦八苦(しくはっく)」という言葉を数字に見立てて足し合わせる説です。
- 4 × 9 = 36
- 8 × 9 = 72
- 36 + 72 = 108「すべての苦しみから解放されますように」という願いが込められています。
③ 一年間の「時」を合算した説
実は、108は「カレンダー」そのものを表しているという、非常にロマンチックな説もあります。
- 12ヶ月
- 二十四節気(立春や夏至など)
- 七十二候(季節の細かな移ろい)これらを全部足すと 12 + 24 + 72 = 108。一年の時間に感謝し、浄化するという意味です。
3. いつから始まった? 鐘の音の歴史
この習慣、実は最初から大晦日の定番だったわけではありません。
- 鎌倉時代:禅の修行として伝来中国(宋)から帰国したお坊さんたちが、修行の一環として「朝晩に108回鐘を突く」習慣を持ち帰ったのが始まりです。
- 江戸時代:庶民のエンタメへお寺の鐘が「時の鐘」として生活に根付くと同時に、一年の締めくくりに鐘を聴く習慣が全国へ広がりました。
- 昭和初期:ラジオが「国民的行事」にした決定打は1927年(昭和2年)。NHKが初めて上野・寛永寺から除夜の鐘をラジオ生中継しました。これによって、家の中で家族揃って鐘の音を聴くという現代のスタイルが定着したのです。
結び:音の「消え際」に耳を澄ませて
鐘の音の長い余韻(うなり)には、脳をリラックスさせる効果があることが科学的にも証明されています。
今年の年末は、ただ聞き流すのではなく、その一打一打が「自分のどの悩みを消してくれているのか」を想像してみてはいかがでしょうか。音が完全に消えた瞬間、そこにはきっと新しい自分が立っているはずです。


