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退職代行「モームリ」。どうすれば摘発されなかったのか。非弁活動の法的境界線と健全な労働移動への教訓

日本の労働市場において、「退職代行」という言葉が市民権を得てから久しいが、その急成長の裏で燻っていた法的リスクがついに爆発した。2026年2月3日、業界最大手の一角を占めていた退職代行サービス「モームリ」を運営する株式会社アルバトロスの代表者らが逮捕されたというニュースは、単なる一企業の不祥事にとどまらず、労働法、弁護士法、そして日本の雇用慣行そのものに大きな問いを投げかけている 。本報告書では、ドメイン・エキスパートの視点から、今回の摘発がいかなる法的根拠に基づき、どのような運営上の瑕疵によって引き起こされたのかを詳細に検討し、本来あるべき適法な運営のあり方を多角的に分析する。   

目次

退職代行「モームリ」摘発事件の概要と時系列

今回の事件は、警視庁保安課による長期間の捜査の結果として結実した。2026年2月3日、株式会社アルバトロスの社長である谷本慎二容疑者(37)と、その妻であり同社社員の志織容疑者(31)が、弁護士法違反(非弁活動・非弁提携の周旋)の疑いで逮捕された 。この逮捕に至るまでには、前年の2025年10月から開始された強制捜査や家宅捜索という重要なプロセスが存在していた 。   

強制捜査から逮捕へのプロセス

2025年10月22日、警視庁は「モームリ」の運営会社およびその関連先、さらには提携していた法律事務所に対して家宅捜索を実施した 。この段階で既に、同社の運営スキームが弁護士法第72条(非弁活動の禁止)および第27条(非弁護士との提携禁止)に抵触している強い疑いが持たれていた 。   

日付出来事の内容典拠
2022年2月株式会社アルバトロス創業、退職代行「モームリ」サービス開始
2024年11月東京弁護士会が退職代行サービスと弁護士法違反について注意喚起
2025年6月モームリ公式サイトから「労働環境改善組合との提携」の記述が消滅
2025年10月22日警視庁による家宅捜索(運営会社および提携法律事務所)
2026年2月3日社長夫妻を弁護士法違反容疑で逮捕

このタイムラインから読み取れるのは、当局が単なる形式的な違反を追及しているのではなく、同社が「累計4万人以上」という膨大な利用者数を背景に、組織的かつ反復継続的に違法な法的手続きに関与していた実態を重く見たという点である 。   

法律違反の核心:何が逮捕の決め手となったのか

今回の逮捕劇における直接の容疑は、弁護士資格を持たない者が報酬を得る目的で法律事務を弁護士に斡旋した「非弁提携(周旋)」である。しかし、その背景には、実質的に法律事務を行っていた「非弁活動」の実態も深く絡み合っている 。   

弁護士法第27条および第72条の違反構造

弁護士法第72条は、弁護士でない者が「報酬を得る目的で」「業として」「法律事務」を取り扱うことを厳格に禁じている。退職代行において、この「法律事務」とは、単に本人の意思を伝えることを超え、有給休暇の取得、退職日の調整、金銭の支払いなどに関する「交渉」を含む概念である 。   

一方で、第27条は「非弁護士との提携」を禁じている。具体的には、弁護士が非弁活動を行う者から顧客の紹介(周旋)を受けたり、それに対して報酬を支払ったりすること、あるいは非弁業者が紹介料を得る目的で弁護士に案件を回すことを指す 。   

紹介料の偽装:賛助金と広告費という隠れ蓑

捜査関係者および元従業員の証言によれば、「モームリ」は顧客が抱える給与未払いなどの金銭トラブルについて、提携先の弁護士へ積極的に取り次いでいた 。この際、谷本容疑者は従業員に対し「紹介すれば紹介料が入る」と指示し、実際に弁護士側から顧客1人あたり1万6,500円を受領していたとされる 。   

極めて悪質と判断されたのは、この金銭授受を正当化するために、同社が運営していた「労働環境改善組合」への「賛助金」や、あるいは「広告費」という名目を使用していた点である 。これは司法当局に対し、実態としての紹介料を隠蔽する意図があったことを示しており、単なる法解釈の誤りではなく「未必の故意」に近い悪質性が認められたと言える 。   

交渉事務への実質的介入

また、報道によれば、社内ではLINEのグループチャットを通じて従業員に依頼内容が共有され、一問一答形式のマニュアルに沿って勤務先への対応が行われていた 。本来、民間業者ができるのは「使者(messenger)」として本人の退職意思を一方的に伝えることのみである 。しかし、会社側からの反論や調整依頼に対して、マニュアルを駆使して法的主張や権利の要求を行っていたのであれば、それはもはや使者の範囲を逸脱した「法律事務」そのものである 。   

「弁護士監修」と「労働組合提携」の欺瞞性

「モームリ」は長らく、自社の適法性をアピールするために「弁護士監修」と「労働組合提携」を最大のセールスポイントとしてきた 。しかし、今回の事件は、これらの言葉がいかに空疎な「安全性の偽装」として使われていたかを露呈させた。   

弁護士監修の法的限界

「監修」という言葉は、あくまでサービスの設計やマニュアルに対してアドバイスを行う立場に過ぎない。監修している弁護士が、個別の案件について実際に交渉を行うわけではないため、民間業者が直接会社と交渉した瞬間に違法性は成立する 。モームリの場合、監修を受けていることを免罪符として、無資格の従業員が交渉を日常化させていた疑いがある 。   

労働組合提携の実態と崩壊

労働組合には、労働組合法に基づき団体交渉権が認められており、退職に関する条件交渉を適法に行うことができる 。モームリは「労働環境改善組合」との提携を謳っていたが、実態としては株式会社アルバトロスという民間企業が主導し、金銭の管理も同社が行っていた 。   

さらに、2025年6月には同社の公式HPから労働組合との提携の記述が削除されており、この時点で既に自ら構築した「適法性の論理」さえも放棄していたことが伺える 。労働組合の形式を借りていながら、実際には営利目的の民間企業がその権能を横取りしていたのであれば、それは脱法行為とみなされるのは必然である。   

サービス種別運営主体可能な範囲違反リスク典拠
民間代行株式会社等退職意思の伝達のみ交渉を行うと非弁行為
労働組合型合同労組等退職日の調整・有給交渉等営利目的の偽装に注意
弁護士型弁護士(法人)未払い請求・損害賠償・訴訟ほぼなし(全権限あり)

どのように対応すれば問題なかったのか:適正運営の分水嶺

株式会社アルバトロスが法を犯さず、健全なビジネスとして持続させるためには、いくつかの決定的な「踏み越えてはならない一線」を厳守する必要があった。

1. 役割の完全な分離と「使者」への徹退

民間業者が退職代行を行う場合、その唯一の安全な立ち位置は「本人の意思を届けるだけの郵便受け」のような役割に徹することである 。   

具体的には、勤務先企業から「退職日は一ヶ月後にしてほしい」「引き継ぎをしなければ退職を認めない」といった反論や要望が来た場合、代行業者はそれに対して「承知しました。本人に伝えます」と言う以外の対応をしてはならない 。ここで「法律では二週間で辞められるはずです」と言い返したり、調整案を提示したりした時点で、アウト(非弁行為)である 。   

2. 紹介料の完全な廃止と透明性の確保

弁護士を顧客に紹介すること自体は、適切なアドバイスの一環として行われる分には問題ない。しかし、その紹介に対して弁護士から1円でもバックマージン(紹介料)を受け取れば、それは直ちに非弁提携の「周旋」に該当する 。   

もし「モームリ」が、純粋に利用者の利益を考えて弁護士を紹介するのであれば、弁護士側から広告費や賛助金という名目で金銭を受け取ることなく、独立した関係を保つべきであった 。利用者が支払う代行費用のみでビジネスを完結させ、追加の法律ニーズについては利用者が直接弁護士と契約する、完全な切り分けが必要不可欠であったのである。   

3. 実体のある労働組合運営への移行

もし交渉を含む高度なサービスを提供したいのであれば、民間企業の「提携」という曖昧な関係ではなく、サービス全体を「労働組合(ユニオン)」が運営する形に完全に移行させるべきであった 。   

労働組合法が認める団体交渉権は、労働組合の自主的な活動に対して付与されるものであり、株式会社の利益追求のツールとして提供されるものではない 。組合費によって運営され、組合員のために活動するという実態を伴う労働組合が主体となっていれば、今回のような弁護士法違反に問われるリスクは極めて低かったはずである 。   

利用者と企業、そして業界全体への影響とリスク

「モームリ」の摘発は、既にサービスを利用した4万人以上の人々や、日々退職代行からの連絡に対応している企業、そして他の退職代行業者にとっても深刻な影響を及ぼしている。

利用者が直面する法的リスクと不利益

利用者が退職代行サービスを利用したこと自体で罪に問われることはまずない 。しかし、代行業者が違法な交渉(非弁活動)を行っていた場合、その交渉によって合意された退職条件が無効とされるリスクがある 。   

例えば、会社側が「代行業者との交渉は適法ではなかった」として、退職の効力を争ったり、改めて本人に直接交渉を求めてきたりする可能性がある 。また、未払い賃金の請求を業者が不適切に行っていたせいで、本来受け取れるはずの金銭を受け取れなかったり、逆に会社から損害賠償を請求されたりといった、二次的なトラブルに巻き込まれるリスクも指摘されている 。   

企業(雇用主)側に求められる毅然とした対応

企業の人事担当者は、退職代行業者からの連絡を受けた際、相手が「誰」で「どのような権限」を持っているのかを冷静に確認する義務がある 。   

民間業者(株式会社等)からの連絡であれば、それは単なる「本人の意思の伝達」と捉え、交渉には一切応じないのが正しい法務対応である 。もし業者が交渉を求めてくる場合は、「それは非弁行為にあたるため、回答できません。本人または弁護士と直接やり取りします」と拒絶することが推奨される 。   

業界の淘汰と健全化に向けた課題

今回の事件を受けて、退職代行業界には強烈な逆風が吹いている。2025年だけで27社もの新興業者が設立されるなど、参入障壁が低く利益率の高いビジネスとして注目されてきたが、今後は当局による監視の目が一段と厳しくなる 。   

市場に残るためには、単なる「安さ」や「スピード」ではなく、コンプライアンス(法令遵守)の徹底が最低条件となる 。健全な業者は、自らの業務範囲が「使者」に限定されていることを利用者に誠実に説明し、法的交渉が必要な案件は速やかに(無償で)弁護士へ橋渡しする、あるいは労働組合として実態のある活動を行う、といった真摯な対応が求められる。   

今後の展望:労働市場と法規制のあり方

「モームリ」をめぐる事件は、日本の硬直した労働市場において「辞めたいときに辞められない」という労働者の切実なニーズが、法律のグレーゾーンに食い物にされた結果とも言える 。   

労働者の「辞める権利」の再定義

本来、正社員のような無期雇用の労働者は、民法627条により退職の申し出から2週間で自由に退職できる権利を有している 。それにもかかわらず代行サービスがこれほど流行するのは、企業側のハラスメントや引き止めの圧力が異常に強いケースが多いからである 。   

この社会問題を解決するためには、業者を摘発するだけでなく、企業側が適正な退職手続きのフローを整備し、労働者が外部の代行を使わずとも円滑に離職できる環境を整える必要がある 。   

行政によるガイドライン策定の必要性

現在、退職代行サービスを直接規制する法律は存在せず、弁護士法の解釈によってのみ境界線が引かれている。今回の摘発を機に、厚生労働省や法務省、あるいは弁護士会が協力して、民間代行業者が「できること」と「できないこと」を明確にしたガイドラインを策定すべきであるという声も強まっている 。   

「モームリ」事件は、急成長する新興サービスにおける「適法性」の軽視が、最終的には経営者の逮捕という最悪の結末を招くことを証明した。この教訓を業界全体が共有し、労働者の権利を法的に守られた形で支援する、真の意味での「健全な退職支援」へと進化していくことが望まれる。

結論

退職代行「モームリ」を運営する株式会社アルバトロスの逮捕事案は、弁護士法第72条(非弁活動)および第27条(非弁提携)という、日本の法秩序の根幹を成す規制に対する明白な挑戦であったと言わざるを得ない。

その違法性の本質は、以下の三点に集約される。

  1. 非弁提携の組織化: 弁護士から1万6,500円もの紹介料を「賛助金」等の名目で組織的に受け取っていたこと 。   
  2. 交渉業務への逸脱: 単なる伝達役を超え、マニュアルに基づいた法的な権利主張や条件調整を無資格者が行っていたこと 。   
  3. 労働組合の偽装利用: 実体のない労働組合との提携を隠れ蓑にし、民間企業の利潤追求のために団体交渉権を不適切に扱っていたこと 。   

適正な運営を望むのであれば、民間業者は「使者」としての役割を厳格に守り、いかなる名目であっても弁護士から金銭を受け取らず、交渉が必要な局面では即座に手を引く、という「コンプライアンス第一主義」への転換が必要であった。この事件を労働市場の健全化に向けた大きな転換点と捉え、労働者、企業、そしてサービス提供者の三者が、法に基づいた透明性の高い関係を再構築することが、今まさに求められている。

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